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カピバラは時速50km?のんびり顔の裏にある野生の素顔

動物園のカピバラといえば、お湯につかって目を細めている姿を思い浮かべる人が多いと思います。
私もずっとそのイメージでした。

はじめまして、ペット・動物ライターの杉浦みのりです。
ペット用品メーカーで8年ほど販促の仕事をしたあと、動物まわりの記事を書くようになりました。
動物園と水族館めぐりは15年ほど続けていて、多い年は30か所近く回ります。
家では保護猫2匹と暮らしています。

そんな私がカピバラについて調べ直すきっかけになったのが、「カピバラは時速50kmで走る」という話でした。
あのずんぐりした体で、本当にそんなに速いのかと気になったんです。

この記事では、カピバラの足の速さについて国内外の資料を突き合わせた結果と、のんびりして見える理由、野生での暮らしぶりをまとめました。
読み終えるころには、動物園で会うカピバラが少し違って見えるはずです。

カピバラの足は本当に速い?資料によって数字が違う

「時速50km」は写真家の目撃談から広まった

日本語のネット記事を見ていくと、カピバラの最高速度を「時速50km」と紹介しているものがよく見つかります。
ただ、出典まで書いている記事はほとんど見当たりませんでした。

私がたどれた範囲で古いのは、2015年のエキサイトニュースの記事です。
年間10万枚もカピバラの写真を撮っていたという写真家の渡辺克仁さんが、2012年に南米のパンタナール(世界最大級の湿原)で野生のカピバラを見たときの話として、「野生のカピバラが死ぬ気で走ると、本当にそのくらいのスピードで走れるんです」と語っています。

カピバラを見続けてきた人の実感なので、驚くほど速いのは確かなのでしょう。
ただ、スピードガンなどで測った数字ではありません。

海外の動物園は「時速35km前後」でそろっている

一方、海外の動物園が公式サイトで紹介している数字は、もう少し控えめです。

発信元原文の表記時速に直すと
チェスター動物園(イギリス)up to 22 miles per hour約35km
タロンガ動物園(オーストラリア)up to 35km/hr35km
アデレード動物園(オーストラリア)nearly 35 kilometres an hour約35km

22マイルは約35.4kmなので、3つともほぼ同じ数字です。
チェスター動物園のカピバラ紹介ページでも、カピバラは足の速いランナーで、最高時速22マイルに達すると書かれています。

ただし、どの動物園も測り方までは説明していません。
実際に計測した論文も、私が調べた範囲では見つけられませんでした。
なので「動物園の公式情報では時速35km前後」と覚えておくのが、いちばん無理のない理解だと思います。

時速35kmはどのくらいの速さ?

時速35kmといわれてもピンとこないので、身近な数字に置き換えてみます。

  • 時速35kmを保てれば、100mを約10.3秒で走りきる計算になる
  • ウサイン・ボルト選手の100m世界記録9秒58を平均時速にすると、約37.6km
  • 体重40〜60kgほどの動物が、一流の短距離選手に近いペースで走ることになる

体重は仙台市八木山動物公園の解説資料にある数字です。
あの体型でこのペースですから、のんびりしたイメージとはかなり違いますね。

ただし長い距離は走れない

カピバラは、チーターのように獲物を追いかけて走る動物ではありません。
走るのは、あくまで逃げるときです。

アメリカの野生生物保全協会(WCS)のブログでは、エクアドルの現地スタッフの話として、100〜200mほど勢いよく走ると疲れてしまうと紹介されています。

つまりカピバラの速さは、近くの水辺まで一気に駆けこむための短距離向きの速さです。
この「水まで逃げる」という点が、カピバラの暮らしを知るうえで大事なポイントになります。

速いのに、普段はなぜのんびりして見えるのか

暑さに弱く、昼間は水の中で過ごす

カピバラがいつもゆったりして見える理由の一つは、活動する時間帯にあります。
ミシガン大学の動物データベースAnimal Diversity Webによると、カピバラは体が大きいぶん暑さに弱く、主に明け方と夕方に活動します。
いちばん暑い時間帯は、水の中で過ごすそうです。

私たちが動物園に行くのはたいてい日中なので、目にしているのは「休憩中」のカピバラであることが多いわけです。
閉園間際の夕方に寄ると、草を食べたり歩き回ったりする姿をよく見かけます。

1日の多くを「食べる」と「消化する」に使う

サンディエゴ動物園のカピバラ解説ページによると、大人のカピバラは1日に2.7〜3.6kgもの草を食べます。
硬い草の繊維を分解するために、自分の糞を食べて腸に役立つ細菌を取り込むこともあるそうです。

草食動物にとって、食べて消化することは1日がかりの仕事です。
むだに動き回らずエネルギーを温存するのは、理にかなった暮らし方なんですね。

露天風呂のカピバラは偶然の発見から始まった

お湯につかるカピバラのイメージを決定づけたのは、静岡県の伊豆シャボテン動物公園です。

伊豆シャボテン動物公園のプレスリリースによると、同園は1966年にカピバラの飼育を始めました。
1982年の冬、飼育スタッフがお湯で展示場を掃除していたところ、湯だまりに足やお尻を浸けてくつろぐカピバラたちに気づいたそうです。
これが「カピバラの露天風呂」の始まりでした。

その後、1996年には「カピバラのゆず湯」が始まり、2012年には長崎バイオパークと「カピバラの露天風呂協定」が結ばれています。
掃除中の小さな発見が、ほかの動物園にも広がる冬の名物になったわけです。

同園が2026年9月に出したプレスリリースによると、2026年は飼育開始から60周年の節目です。
2026〜2027年のシーズンは、2026年11月21日から2027年4月4日までの開催と発表されています。

私も何度か見に行きましたが、ゆずの浮かんだお湯で目を細める姿は、いつまでも見ていられます。
ただ、あの姿だけを見てカピバラを「のんびりした動物」と思いこむのは、少しもったいない気がします。

野生のカピバラは天敵の多い水辺で暮らしている

世界最大のネズミの仲間

そもそもカピバラは、ネズミの仲間(げっ歯類)です。
チェスター動物園は「世界最大のげっ歯類」と紹介していて、サンディエゴ動物園によると、モルモットに近い仲間だそうです。

体長は100〜130cmほどあり、前歯は一生伸び続けます。
動物園で見ると大きな犬くらいの存在感があるので、ネズミの仲間と聞くと少し意外に感じるかもしれません。

南米の水辺で群れをつくって暮らす

野生のカピバラは、南米を中心に、アンデス山脈より東側の川や沼のほとりの草地に暮らしています。
水がすぐ近くにあることが、すみかの絶対条件です。

サンディエゴ動物園によると、群れは10頭前後が基本です。
優位なオス1頭に、メスと下位のオス、子どもたちが加わった構成で、雨季には40頭ほどが集まることもあります。
たくさんの目で子どもを見守れるのが、群れで暮らす利点だそうです。

天敵はジャガー、カイマン、アナコンダ

のんびり顔のカピバラですが、野生では多くの動物に狙われる側です。
動物園や大学の資料をもとに、主な天敵を整理しました。

天敵どんな動物か狙われやすいのは
ジャガー中南米にすむ大型のネコ科動物大人も子どもも(大人にとって最大の天敵)
カイマンワニの仲間大人も子どもも(とくに子ども)
オオアナコンダ水辺にすむ大型のヘビ大人も子どもも(とくに子ども)
オセロット中型のネコ科動物主に子ども
オウギワシ大型の猛禽類主に子ども

このほか、南米では人間による狩猟もあります。
陸にも水辺にも空にも敵がいる環境で、カピバラは毎日を過ごしているわけです。

先ほどのエキサイトニュースの記事でも、写真家の渡辺さんがパンタナールで見た野生のカピバラについて、天敵に襲われないよう常に周りを気にしていて、動物園のように地面に寝そべる光景はほとんど見られないと話しています。
すぐそばにワニがいる場面もあったそうです。
動物園でごろんと横になっているのは、天敵のいない安心できる環境だからこそなのでしょう。

いちばんの逃げ場は水の中

天敵に気づいたカピバラが向かうのは、水の中です。
Animal Diversity Webによると、カピバラは泳ぎが得意で、体が水よりわずかに重い程度なので、陸と同じくらい水中でもくつろいでいるように見えるそうです。

体のつくりも、水に逃げこむのに向いています。

  • 目・耳・鼻が頭の上のほうに並び、水面から少しだけ顔を出して周りを見張れる
  • 鼻の穴を閉じられるので、潜っても水が入らない
  • 足の指のあいだに水かきがある
  • 完全に潜ったまま、最大5分ほど水中にいられる

仙台市八木山動物公園の解説資料では、目と鼻と耳の並びについて「天敵から見つかりにくい状態で、呼吸ができ」るつくりだと説明されています。

陸では短距離ダッシュ、水に入れば潜水。
時速35kmの足は、この二段構えの逃げ方の一段目なんですね。

「ワン!」と吠えて仲間に危険を知らせる

カピバラは意外とおしゃべりな動物です。
Animal Diversity Webによると、天敵を見つけた個体は吠えるような警戒の声をあげ、それを合図に群れ全体が水へ逃げこむことがよくあります。

日本の飼育員さんの記録にも、鳴き声の話がいくつか出てきます。

  • 鳥羽水族館の飼育日記では、低くて太めの声で「ワン!」と鳴き、驚いたときやエサのバケツを持って近づいたときによく鳴くと紹介されている
  • 仙台市八木山動物公園の飼育員さんによると、「プッ」と大きく鳴くのはびっくりしたとき
  • 同じく、リラックスして水につかっているときは目を細め、耳を後ろに倒して「キューイ」と高い声で鳴く

お湯の中の「キューイ」と、危険を知らせる「ワン!」。
同じ動物の中に、のんびりした顔と緊張した顔の両方があるわけです。

動物園でカピバラの「野生の顔」を探してみよう

ここまでの話を知っておくと、動物園でのカピバラ観察がぐっと楽しくなります。
私が実際に気にしているポイントを挙げておきます。

  • 夕方に行ってみる。活動的な時間帯なので、草を食べる姿や歩き回る姿を見やすい
  • 鳴き声に耳をすます。「プッ」「キューイ」が聞こえたら、気持ちを想像してみる
  • 水に入る瞬間を見る。顔だけ出したときの目・耳・鼻の並びがよくわかる
  • 横から体型を見る。Animal Diversity Webによると、前足は後ろ足よりやや短いそうです

もちろん、動物園のカピバラを驚かせて走らせるようなことは絶対にしないでください。
スピードは資料で想像するだけにして、観察は静かに楽しみましょう。

カピバラのように、見た目と中身のギャップが大きい動物はほかにもたくさんいます。
動物好きの方が書いている長田雄次さんの動物ブログでは、ペンギンやコアラ、ラッコの意外な一面を集めたトリビアや、陸・海・空の意外に足が速い動物の話などが紹介されています。
カピバラの次に気になる動物を探すのにちょうどいい読み物です。

まとめ

カピバラの足の速さは、日本語のネットでは「時速50km」と紹介されることが多いものの、これは写真家の目撃談から広まった数字でした。
海外の動物園の公式情報では、時速35km前後(22マイル)でほぼそろっています。

それでも、体重40〜60kgほどの動物が一流の短距離選手に近いペースで走るのですから、十分に速い動物です。
ただしその速さは、100〜200mほどの短距離で水辺に逃げこむためのものです。

普段のんびりして見えるのは、暑さに弱くて昼間は水の中で休み、1日の多くを食べて消化することに使っているからです。
その裏で、野生のカピバラはジャガーやカイマン、アナコンダに囲まれた水辺で、吠えて仲間に知らせ、走って潜って身を守っています。

次に動物園でカピバラに会ったら、お湯につかる顔の奥にある野生の顔も、ぜひ探してみてください。